台湾のライオン2007年09月26日 02:51

 今日は少し縄文から脱線しましょう。先日の話の中にライオンが出てきましたね。台湾でライオン、なぜか不思議ですね。恐らく獅子舞から来ているのではないでしょうか。そこで台湾に獅子舞が現れたのはいつごろか調べてみました。それはどうも清朝(1636~1912)初期らしい。だいぶ時代が違いますね。ひょっとしたら情人洞の伝説も清朝時代かもしれませんね。青い竜は清王朝の象徴ですし、圧政者として敵役を演じさせられたのかもしれない。台湾の獅子舞は一般の獅子舞と違って武術を基礎として村の廟毎に金獅陣として伝えられている。その中でも烏竹林の金獅陣は西港慶安宮の3年に一度の仏事パレードで先頭を任されるほどすばらしいという。他にも獅子舞は使わないが武術を基礎とした宋江陣などがあります。また獅子舞は正月にも行われるそうです。
 ところで獅子舞のルーツとはインドのライオンが神格化されそれがチベット、中国、東南アジアへと広がったそうです。
 中国では史書などから唐の時代(618~907)に始まったのではないかとされています。「唐書」の音楽誌の中の伎楽「太平楽」の一節に「五方獅子」とあります。また唐の詩人白居易の詩「西凉伎」の中に「ペルシャ人の仮面と仮装の獅子、木を彫って頭とし、糸を編んで尾を作る。金色の両目と銀色の牙、耳を動かし毛をなびかす」とあります。他にも清の乾隆帝の夢の中に出てきたという説話や広東省の怪物の説話などが伝えられています。いずれにせよ盛んになったのは清朝時代と言われています。現在中国獅子舞は北方獅子舞と南方獅子舞の二つに大きく分けられ、南方獅子舞はさらに仏山獅子舞と鶴山獅子舞に分けられます。北方獅子舞は揚子江以北の華北を中心に広まり、今では民間以外にも雑技団の演目として有名。金色の頭と長い毛を付けた着ぐるみをまとう。一方、南方獅子舞は中華街でよく見ることの出来る獅子舞で外見の特徴は大きな獅子頭、体は一枚の布で、飾りがキンキラと派手。鶴山獅子舞は鶴山の高名な武術家が仏山獅子舞の外観、踊りかたを改良して創作したもの。台湾の獅子舞のルーツは鶴山獅子舞かもしれませんね。
 ちなみに日本は日本書紀によれば伎楽とともに西暦612年に伝わったとされています。しかし日本には古くから獅子舞に類するものがあり「鹿」「熊」「猪」「虎」「麒麟」などを頭につけて踊るしし舞も存在していたそうで、それらが融合していったようです。系統は大きく二つ有り、西日本を中心に全国に広まっている伊勢神宮や熱田神宮の神楽が起源の多人数が中に入って舞う神楽(伎楽)系、もう一つは関東や東北に広まった一人一人の小さな獅子舞が集まって舞う風流系があります。本格的に広まったのは室町から江戸にかけて江戸大神楽師や伊勢大神楽師の集団が全国を厄祓いして歩いたことによるといわれています。
 いやー、今回もまとめるのが大変でした。でも獅子舞のことを少しでも判っていただけました?それでは。