銀盤のフェニックス!2006年02月24日 22:35

 いゃ~!すごい、すごすぎる!感動した!目頭が熱くなりました。しーちゃんこと荒川静香さん本当にありがとう。皆もブログにするか、しなくてもそれぞれが感動しているから別段書かなくてもいいかとも思いましたが、斜に構えるのは止めて素直に喜びたいと思います。

 1981年12月29日東京都品川区で生まれ神奈川県鎌倉で育つ、その後仙台に移り住む。私立東北高等学校卒業、早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒業、現在はプリンスホテル所属。身長は166cm。一人っ子。

 1994年、世界戦デビュー(トリグラフトロフィー)。またこの年から全日本ジュニア選手権3連覇。
 1997年、全日本フィギュアスケート選手権2連覇。
 1998年、長野オリンピック13位。
 2002年、ソルトレークシティオリンピック不選出。
 2003年、世界選手権において世界女王。
 2006年、トリノオリンピックにおいて金メダル。

 五歳の時にスケートの衣装に憧れこの道に入る。ここまでは単なるおしゃまな女の子。しかしながらその後の実績がすばらしい。小学校3年生のときすでに3回転ジャンプをマスター。全日本ジュニアでは敵なし、全日本選手権でも華々しい成果を挙げる。しかしながら長野オリンピク後、2003年に世界女王になるまで低迷を続け、ソルトレークシティオリンピックには出場出来なかった。
 2003年の世界女王になってからは引退を考え、迷いから演技にも精彩を欠いていった。
 今季のシーズン初めには、本人に自立心が目覚め、トリノへの目標が定まったが、技術的にはスパイラルもスピンも思ったように点が出せず、「点を取りこぼしている」と認識した。彼女は、手を離すY字スパイラルや、ドーナツスピンとビールマンスピンの混合技など次々とオリジナルの技を開発していった。
 2005年に実質3位でありながら組み合わせの妙によりグランプリファイナルへの出場を逃し、また得意技である「イナバウアー」が得点対象からはずされたことより、失望した彼女は周囲にトリノに出られなかったら引退すると漏らしていた。どうにか全日本3位でトリノへの切符を手に入れた。

 ★イナバウアー:背中を後ろに大きく反らしたまま銀盤を横に滑る技。

 彼女は昨年末「得点を取るだけでなく、見せるプログラムにしたい」と話していた。今季のショパン作曲「幻想即興曲」は新採点方式対応のプログラム。しかしながら彼女の持ち味はその滑らかなスケーティングとイナバウアー。軽快な演技より優雅で滑らかで女性らしい演技では世界でもピカイチ。

 そこで大きく路線変更、採点対象外の技であるためやむなくはずしていたイナバウアーを再度取り入れ、フリー曲を04年世界選手権で優勝した時のイタリア・オペラの巨匠プッチーニ作曲「トゥーランドット」に変更した。開催地イタリアに縁があり、日本人3人目の世界女王に導いたゲンのいい曲。しかもコーチも変えた。今まで師事していたロシアのタチアナ・タラソアと演技の方向性の相違や諸事情から演出家のニコライ・モロゾフにかえた。(国内では通して佐藤久美子コーチ)

 本番では、後半に少し短く感じたが出ましたイナバウアー、それから続く3連続ジャンプ。決まった!採点されなくても彼女の優雅さと技術の高さを見せつけた。ここに彼女の真骨頂を見た!意地を見た!演技の最後に見せた彼女の笑顔は「クールビューティ」と呼ばれるのが信じられないくらいすてきなものでした。

 コーエンやスルツカヤがプレシャーで大きなミスをしたのに反して彼女は落ち着いていた。大きなミスもせず、最後まで手を抜かず難易度の高い技を次々と連発した。彼女の不屈の精神と弛まぬ努力がそれを可能にした。本当にありがとう。

 後に続く安藤美姫や恩田美栄それに浅田真央にも勇気を与えてくれたことだろう。
 惜しくもメダルを逃がした村主章枝もよくがんばった。ありがとう。安藤美姫もこの経験を次回に生かしてがんばってくれ。3人とも本当にありがとう。