産科医受難の日は続く ― 2007年01月31日 07:29
少子化防止と叫んでいるがその母子を安全に出産させる医師の前途に暗雲が垂れ込めている。
福島県大熊町の県立大野病院で2004年12月、帝王切開の手術中に同県内の女性(当時29歳)が出血性ショックで死亡した事故で、福島地検は10日、手術を執刀した産婦人科医師の加藤克彦容疑者(38)を業務上過失致死と医師法違反の罪で逮捕(罪証隠滅の恐れがあると判断)した上で福島地裁に起訴した。起訴状によると、加藤容疑者は、事前の検査で胎盤が子宮に癒着し、大量出血する可能性を認識していたにもかかわらず、本来行うべき子宮摘出などを行わず、胎盤を無理にはがして大量出血を引き起こし明らかに判断ミスとされた。さらに、大量出血しており、異状死にあたると判断されるのに医師法で定められた24時間以内の警察への届け出をしなかったとされる。
今回の事件が、どう判断されるか定かではないが、医師が逮捕されるというショッキングな事件であった。医師も場合によっては裁かれなければいけないと思うが、以前起こった医療事故で医師が全面敗訴したが大きな問題を残した事件がある。
1992年7月、徳島県立中央病院で前置胎盤によりいつ大出血が起こるかわからないとして子供が31週の段階で帝王切開したところ出産した子供が脳性まひになった。両親らは医療ミスとして県に約1億6千万円の損害賠償を求めたが一審では敗訴、二審では逆に子供が31週の段階で、少量出血する程度だったのに帝王切開したため、出産後の呼吸不全が原因で脳性まひになったとして、病院側の医療ミスを認め、約1億1千万円の支払いを命じた。そして最高裁はこの上告を棄却したため二審判決が確定したというもの。
この時の声として、医師の擁護はとしては
「前置胎盤では、いったん出血が始まれば、またたく間に大量出血となる場合が多く、緊急に大量輸血しても追いつかないケースも良くある。従って31週の段階で出血があれば、母体の救命を目的に帝王切開することは妥当だ。しかしこれを原因とする出産児の脳性まひの責任が問われるならば今後この様なケースが起こっても帝王切開は出来ず、妊婦の命を重大な危機にさらすことにつながり、それが新たな訴訟の種になるかもしれない。」
「最近の定説では脳性まひの原因が分娩時や出生後の低酸素であることは少なく、胎内で完成されている場合が多いというのに、出生後の呼吸管理が不十分であると断定されてしまったことが納得いかない。」
判決の支持派としては
「31週の前置胎盤で少量の出血があっても、教科書的にも、輸血を用意して待機療法をすべき。そして胎児の肺成熟を待つべき。また、前置胎盤では常位胎盤早期剥離と異なり、入院管理中に出血死することは稀だ。」
司法がどこまで医術の世界に介入できるのだろうか。定説を無視してまで有罪判決を出したとしたらただ弱者救済のためだけだったのだろうか?もしそうであったら一人の子供とそれを取り巻く家族は救済できてもそれに関わった医師の医師生命や今後同じ立場に置かれる母子の命はあやうい立場におかれることになったのではないだろうか。また賛成派の意見でも、稀でも死に至れば当然責任追及は免れない。
人間の分娩は非常にリスクの高い行為であり、どこの病院の産科であっても、全て好結果などということは絶対にあり得ない。前にも書いたが神でもない限り医師に完璧を求めるのは無理である。それを求めるのであるならば医師をする人は誰もいなくなる。
これらのことを踏まえると、今後子供を産むのは全ての人的、設備的に整った巨大な周産期センターでしか出来なくなる。今、国にそのセンターを全国展開する意志や余裕があるかどうかが問われる。安心して子供が産めなくて少子化対策もあったもんじゃない。ただはたして実現可能だろうか?
また医師の過失を前提とする現在の補償制度では弱者救済という美名により裁判官が不当な判決をする恐れもある。医師生命を守るためにも将来の同症例患者のためにも無過失補償制度を至急導入すべきだと思う。
いずれにしろ産科医受難の日は続く。
福島県大熊町の県立大野病院で2004年12月、帝王切開の手術中に同県内の女性(当時29歳)が出血性ショックで死亡した事故で、福島地検は10日、手術を執刀した産婦人科医師の加藤克彦容疑者(38)を業務上過失致死と医師法違反の罪で逮捕(罪証隠滅の恐れがあると判断)した上で福島地裁に起訴した。起訴状によると、加藤容疑者は、事前の検査で胎盤が子宮に癒着し、大量出血する可能性を認識していたにもかかわらず、本来行うべき子宮摘出などを行わず、胎盤を無理にはがして大量出血を引き起こし明らかに判断ミスとされた。さらに、大量出血しており、異状死にあたると判断されるのに医師法で定められた24時間以内の警察への届け出をしなかったとされる。
今回の事件が、どう判断されるか定かではないが、医師が逮捕されるというショッキングな事件であった。医師も場合によっては裁かれなければいけないと思うが、以前起こった医療事故で医師が全面敗訴したが大きな問題を残した事件がある。
1992年7月、徳島県立中央病院で前置胎盤によりいつ大出血が起こるかわからないとして子供が31週の段階で帝王切開したところ出産した子供が脳性まひになった。両親らは医療ミスとして県に約1億6千万円の損害賠償を求めたが一審では敗訴、二審では逆に子供が31週の段階で、少量出血する程度だったのに帝王切開したため、出産後の呼吸不全が原因で脳性まひになったとして、病院側の医療ミスを認め、約1億1千万円の支払いを命じた。そして最高裁はこの上告を棄却したため二審判決が確定したというもの。
この時の声として、医師の擁護はとしては
「前置胎盤では、いったん出血が始まれば、またたく間に大量出血となる場合が多く、緊急に大量輸血しても追いつかないケースも良くある。従って31週の段階で出血があれば、母体の救命を目的に帝王切開することは妥当だ。しかしこれを原因とする出産児の脳性まひの責任が問われるならば今後この様なケースが起こっても帝王切開は出来ず、妊婦の命を重大な危機にさらすことにつながり、それが新たな訴訟の種になるかもしれない。」
「最近の定説では脳性まひの原因が分娩時や出生後の低酸素であることは少なく、胎内で完成されている場合が多いというのに、出生後の呼吸管理が不十分であると断定されてしまったことが納得いかない。」
判決の支持派としては
「31週の前置胎盤で少量の出血があっても、教科書的にも、輸血を用意して待機療法をすべき。そして胎児の肺成熟を待つべき。また、前置胎盤では常位胎盤早期剥離と異なり、入院管理中に出血死することは稀だ。」
司法がどこまで医術の世界に介入できるのだろうか。定説を無視してまで有罪判決を出したとしたらただ弱者救済のためだけだったのだろうか?もしそうであったら一人の子供とそれを取り巻く家族は救済できてもそれに関わった医師の医師生命や今後同じ立場に置かれる母子の命はあやうい立場におかれることになったのではないだろうか。また賛成派の意見でも、稀でも死に至れば当然責任追及は免れない。
人間の分娩は非常にリスクの高い行為であり、どこの病院の産科であっても、全て好結果などということは絶対にあり得ない。前にも書いたが神でもない限り医師に完璧を求めるのは無理である。それを求めるのであるならば医師をする人は誰もいなくなる。
これらのことを踏まえると、今後子供を産むのは全ての人的、設備的に整った巨大な周産期センターでしか出来なくなる。今、国にそのセンターを全国展開する意志や余裕があるかどうかが問われる。安心して子供が産めなくて少子化対策もあったもんじゃない。ただはたして実現可能だろうか?
また医師の過失を前提とする現在の補償制度では弱者救済という美名により裁判官が不当な判決をする恐れもある。医師生命を守るためにも将来の同症例患者のためにも無過失補償制度を至急導入すべきだと思う。
いずれにしろ産科医受難の日は続く。
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